3月13日に気象予報士試験の結果が出た。結果は、学科の一般知識が合格、専門知識が不合格。実技も受けたが学科の2科目が合格にならないと採点してもらえないので、必死に書いた答案用紙は見られなかっただろう。しかし勉強を始めてから4ヶ月の初めての受験で学科1科目の合格がとれたことは自分の中で万々歳。独学だし、結果が出なかったら半年に一回の試験のモチベーションを保ち続けられるだろうかと思っていたのだが、最低限の結果が出てとてもよかった。

10年ほど前から漠然と「気象予報士ってなんか惹かれるな」と思っていた。一般気象学の教科書はその頃に買ったものが手元にあったのだが、少しひらくと難しめの方程式ばかりですぐに本棚の肥やしとなった。それから長い間、気象学という学問の中身を詳しく知ることはなかったのだが、昨年の秋頃から仕事がぱったりなくなったことをきっかけに、えいやっと始めてみたのだった。

気象予報士の世界は間口は広く奥が深い。日々誰もが影響を受け身近な存在なのに、カオスな物理現象によって引き起こされる地球上のあらゆる動きのすべてが解明されているわけではない。天気のことは平易な言葉で表現することもできるが、実際は物理の細かな計算によって成り立っている。インターネット業界という、進歩が早く勉強したことが毎日のように覆される業界にいるから、長く積み上げられてきた理論によって支えられている学問にふれると、巨人の肩の上にちょんと乗っているようだと思う。

試験問題に向き合うのは怖い。わからないことが次々と出てくる。難しい試験はそういうものだと思うが、教科書の隅っこにさらっと書いてあることが問題に出たりするので、一行一行を読むのにも気が抜けない。最初に過去問を解いたとき、なんとなくできた?と思ってもまったく見当違いの回答をしていて、奥深さに途方に暮れた。過去問で合格点をとれたのは2、3回ほど。しかもそれは新鮮な記憶によって支えられたものでもあり、勉強したことが定着するまでは同じところをひたすら繰り返し学習する。「わかったつもりで読まない」という教えを常に頭の中に掲示した。不合格だった科目に関しては、なぜ間違えたんだろうという問題もあって、試験中にいかに冷静であれるかや時間配分などの大事さを知った。それらの問題が正解できていれば合格ラインであったので悔しさが残る。

このところ、いろいろなことに既視感をもってしまって日々に新鮮味を感じなくなっている。年齢か自分の感受性の問題かもしれないが、試験勉強をすることで自分の体に風が流れて空気が入れ替わっていくのを感じた。訪れたことのない分野の中に入り目標を持ち、その目標へ進む中で見えてくる景色はあるだろうか。今回は合格とはならなかったが、多少なりとも気象の世界を知ることができたし、世界を知るとその世界に対しての自分の見方がつくられるのだなということがわかった。雲の形をみて天気が予測できるようになるように、世界をみるためのものさしが増えるときっと人生は楽しい。このウェブサイトを作ろうと思ったのも試験勉強を始めて気象や気候に対して身近に感じたからだ。なにかを始めると想定していないなにかが生まれる。

スムーズにいけば1年後には合格していたい…と思うが、そうはいかないのが気象予報士試験。気を引き締めて、少し休憩したあとに次の試験へ向けて進みつづけたい。