13日、千葉の大雨。おばあちゃんの新盆で車で1時間半の実家まで帰っていたのだが、自宅に帰ったあとに雨が降っているというニュースがあった。記録的短時間大雨情報が立て続けに出て、しかもそれでも雨が止まない。ふつう、まとまった雨が降るとそのうち降らす雨がなくなるので、1時間かそこらで止む。ところがこの大雨は2時間も3時間も降り続いた。雨だからまあ大丈夫だろうか、という経験から来る油断が打ち砕かれたような雨だった。街はいたるところで冠水し、死者も多数出た。柏に住んでいたことがあるが、たまに散歩に出ていた道路で事故があったことを知った。船橋にも成田にも佐倉にも縁があるから知っている街が水浸しになっているのをニュース伝いに観た。ほんとうになにがあるかわからない。ニュースやレーダーを追っていたがこの雨については事前の予測もなく、雨が降り始め雨雲がレーダーに捕捉されるようになってから事態が把握されたように思う。その間にも雨は降り続いているため、事前になんの情報を知らされることもなく被害に遭った方も多かったのではないだろうか。
雨雲レーダーは降水域の動きから予測をするのだが、13日の強降水域は雨雲の動きとは逆の方向に移動していった。これでは予報が仇となる可能性もある。1時間先の予測もままならないことを知った。今年はこれまでにないほどのエルニーニョとなっているし、気候変動も遠因としてはあるのだろうか。今年の夏は台風が東からやってきたり、すこし変だ。2020年代に入ってから気候もティッピングポイントを超えたというようなことも聞くし、最高気温が40度以上の日に名称もつけられるなど常識が変わるようなことが多く、とても気にかかる。今年はどうなるのか、来年はどうなるのか、さらに・・・ここから毎年のように大きな変化があって、10年後には信じられないような世界になっているような気もする。
時代は急速に変わっていき、それぞれで対策をしましょうと言いつつも、個々人の良心だけで歯止めが効くのかということをずっと考えている。それが積み重なれば大きいし、積み重ねなければいけないのは確かだが、より大きな枠組みで取り組みを進めなければいけない気もしている。とはいえ国家も信じることはできず、拠り所がない。神様に頼んでどうにかなるものでもないし、それぞれの良心がほんとうにそれぞれに委ねられるだけで誰も方向性をもたないような、どこか寄る辺ない気持ちで過ごしている。