本日は「立春」です。ちょうど北からの乾いた風が強く吹くこの季節に、二十四節気「立春」があります。春の気配が立ち始める時という意味がありますが、北の国では雪が降り続いて町は冬真っ只中といった様相です。「立春」は太陽黄経が315度になる時。270度の冬至と0度の春分のちょうど真ん中となります。

このたび「ひゅるり」というウェブサイトを作りました。写真と音を添付して、季節の文章や日常のことを残していくことがこのサイトの主な機能です。

文章や写真、音を残せる場所はたくさんありますが、この場所の大きな違いはオリジナルであるということです。想像もしないスピードでいろんなものが簡単にコピーできるようになってしまいました。今ではどこにオリジナルがあるのか、見つけることすら難しい状態です。プラットフォームの気まぐれに左右されず、他人の手も経由せずに、自分の手で場所をつくるということにはなんともいえない楽しさがあります。大きなうねりの中で井の中の蛙になることを避け、自分という存在を静置させ、知らないうちに誰かが作った有象無象の中で泳がされぬよう自分の手で環境をつくっていく。そこに楽しさや豊かさがあるのだと信じています。

はたまた、ある程度の輪郭をもったサイズ感が好きと言えるでしょうか。手の中に収まる香合のようにある程度の小ささであることで、そのすべてに自分が関われるという安心感があります。このことは使い方を間違ってはいけないのですが、このサイズ感には帰属意識や愛着が芽生えます。言い換えるとそれは居場所とも言えるはずです。本来、多様なはずの居場所の形は社会の均質化に伴って減っていると感じます。社会が便利なほうに移動して自分で畑を耕さなくなったからなのではないかと思っています。与えられたものを享受しているだけではいけない。自分にも言えることですが(むしろ自分に言っていますが)、自分で自分の畑を耕すことでそこに新たに発生することがあるはずです。そしてそれがいわゆる多様性を生むのではないでしょうか。

と、こういうことを語っていかなければという気持ちを横に置きつつ、小難しいことを言うのはここまでにしたいと思います。なぜ作ろうと思ったのか。元はと言えばこれまでの自分とは一線を画して、これからの生活がまた積み重なっていく場所を作りたいと思ったからでした。時間も過ぎ、住む環境も変わっていきます。コロナ禍も経験しながらそんな記憶も薄れてきた最近、より社会の移り変わりの早さを感じます。もちろん自分の細胞も入れ替わります。たまにSNSにも文字を残しますが、デザインが画一的なことが気になってきました。だから今の自分の感性が文章を書きたくなる場所をめざして自分でデザインをしました。

季節の移り変わるようすが好きです。季節はすぐそこにあって肌の上を流れているのに、特に現代においては、感じようと思わなければ感じられない。社会がどんどんそのようにデザインされていくことがもどかしく、だかこそ常に手綱を握っておかないといけないと思います。 その手綱となるようなものが、季節の移り変わりを情報として伝えてくれる二十四節気と七十二候です。太陽黄経をもとに定められたこの季節の分類方法は、今日がどういう季節なのかを端的に教えてくれます。自分の文章を載せる場所を作るにあたってはこの情報がそばにあってほしいと思い、「暦」ページを作りました。

「暦」ページはカレンダーになっていて、二十四節気と七十二候をはじめ、月齢、日の出・日の入り・南中の時刻がみられます。それに加え、文章を書いた日には文章へのリンクを貼り、季節と記事がつながるようにしました。そのことがサイトに大きな役割を果たすかどうかはわからないのですが、「こんなふうに思っていたときの季節はこうだったな」と、そのときの風景をより思い出せるようになったりはするでしょう。仮定を置いて意味があるかどうかわからないことに向き合うことほど胸が躍ることはありません。

サイトの名前は「ひゅるり」としました。冬に生まれ、冬が好きなので、冬に吹く風をイメージした擬音語をモチーフにしています。どうも、ひらがな4文字というのは文字にしたときのかわいらしさ、声にしたときの音のよさ、そのどちらにも惹かれるようです。訪れてくれた人の頭上をひゅるりと風が吹いてくれればうれしいです(寒そうですが)。

外はまだまだ冬の空気が支配していますが、ゆっくり春に向かっていく季節に「ひゅるり」を始めたいと思います。